夕暮れのブリッジ

夕暮れだった。
そう書くと、なんだかドラマか小説の冒頭みたいだけれど、本当にそれしか言いようがない。なぜなら、その時間だけが特別だったからだ。
高校3年生、秋頃のこと。
なぜか男友達Cの自宅に集まっていた僕たち。男4人、女2人。今思えば絶妙なバランスだが、どういう人選で決まったのかは謎のまま。きっと「今日、暇?」「うん、暇」という、あの頃特有の計画性ゼロの集まりだったに違いない。
その頃の僕は、すでに印刷会社への就職が決まっていた。みんなが大学受験や専門学校に向かう準備で色々大変な時期に、僕一人だけ「もう決まってるから~」なんて余裕を装っていたけれど、本当は胸の奥で小さな疑問符がチカチカ点滅していた。「本当にこれでよかったのかな?」って。
小さい頃から絵が好きで、イラストやデザインの仕事に憧れていたのは事実。でも、みんなみたいに大学に行って、もっといろんなことを学んでも良かったんじゃないか。そんな迷いを抱えながらも「就職決まって楽~」なんて軽口を叩く自分がいた。典型的な強がり高校生である。若い時って、自分自身の引き出しは空っぽなくせに、不安なんてなく自信だけがあった。年齢を重ねると、引き出しはそこそこ埋まっているというのに、今度は自信が減って不安が増すのだから、不思議なものだ。
Cの部屋では、まだCDが出始めだった頃、ターンテーブルでレコードを聴いていた。「レコードの音って良いんだよね」なんて、今思えば背伸びした発言をしていたかもしれない。他のレコードも何枚か聴いていたと思うが、RCサクセションのアルバム「BLUE」が何周目かで回っていた。1981年に発売された8曲が収録されたアルバムだ。薄暗くなってきた部屋で、電灯もつけずに、アルバム3曲目の「多摩蘭坂」が流れ始める。
そして、あの瞬間がやってきた。
短いイントロ、Aメロ、Bメロ、サビ。そして再びサビに戻る前の、たった一度だけ現れる印象的なギターフレーズ——音楽用語で言うところの「ブリッジ」。
その時、彼女が言った。あ、ちゃんと覚えている。彼女の名前も顔も、その時の表情まで。
「この間奏の部分が良いんだよね…」
彼女のつぶやきは、夕闇の中にすうっと溶けていった。誰かが「うん」とか「そうだね」とか相づちを打ったかもしれないが、みんな黙って聴き入っていた。普段はくだらない話ばかりしている僕たちが、珍しく静かな時間を共有していた。
あの瞬間だけ、僕だけ無理やりに、大人の入り口に立っていた気がする。
今になって思う。あれは僕にとっての「ブリッジ」だったからだ。
就職する僕と、大学や専門学校に進むみんな。
みんなはこれから4年間、あるいは2年間、まだ学生でいられる。春になれば新入生歓迎会があって、サークルに入って、夏休みには旅行に行って、恋をして、失恋して、就職活動で悩んで——そんな「学生らしい時間」がたっぷりと待っている。
でも僕だけは、4月になったら「おはようございます」と頭を下げる毎日が始まる。みんなは、贅沢なモラトリアム期間を堪能できるというのに、僕だけが現実という名の小さな橋を、一人で渡っていかなければならない。
その寂しさを、あの夕暮れの部屋で感じていたのかもしれない。だからこそ、あの静かに流れる音楽と、彼女のつぶやきが、妙に胸に響いたのかもしれない。
これから始まる、それぞれ違う人生という長い楽曲の中で、あの夕暮れは小さな橋だった。そして僕は、その橋を一人で先に渡る運命だった。曲がりくねった道に踏み出す前に、静かで短い、少し心細い橋。
30年以上経った今、僕は印刷会社を辞めて独立し、イラストレーターとして細々と食べている。他の道を歩いていたら、どうなっていたのかなんて、わからない。ただ、確実に言えるのは、すべてが今の僕につながっている、ということ。
そして時々、ふと「多摩蘭坂」が流れると、想い出すのだ。あの夕暮れの部屋で、彼女が「良いんだよね…」とつぶやいた瞬間が蘇る。
きっと人生には、後になってからその意味がわかる瞬間がある。あの夕暮れがそうだった。
あの時のメンバーは、あの「多摩蘭坂」のブリッジのことを覚えているだろうか。
「あの間奏、良かったよね」って、もう一度言ってみたい。
今度は僕が。